風まかせ旅紀行
新潟県・山形県 国道345号海沿いポタ
2024年5月11日(土)
5月の取材先は中越地方の田んぼ風景かなー、しかし恒例でもあり旅紀行レポ化するのは目新しさがない。なんて事を考えているうちに金曜日の夜は更けて寝落ちしてしまい、翌土曜日の午前3時に目が覚めました。あーあ、また折角の休みを無為に過ごすことに・・・いや、どうせこの時間に起きたのだから、もう少し遠出しよう!とやってきたのは、同じ新潟県内でも山形県に近い村上市。2009年以来なので、なんと15年ぶり。
地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)。
8時過ぎ、村上市内の三面川河川敷にある中州公園の駐車場に車を置き出発準備。今日はここから海沿いの国道345号、通称「笹川流れ」を眺めながら北上し、松尾芭蕉も通った県境の街、鼠ヶ関まで往復する予定。
駐車場を出発して、まずは越後出羽街道に合流して村上駅へ向かいます。
前回は村上駅に立ち寄らなかったから(と記憶)今回が初見参。何時か輪行旅も再開したいけど・・・。
さて、村上駅前から路地を北上して国道345号に合流。羽越本線をアンダーパスして少し進んだところあるデイリーヤマザキ村上学校町店。ここから約34km先の勝木のセブンイレブン山北勝木店までコンビニが無いので、携行食を補充するならここが最後のポイント。
市街地を抜けて三面川を渡ります。
三面川を渡って、直ぐにぐいぐいと登り始めます。今日の予定ルートでは唯一の登りかな。
向かって左側の藪が拓けると、予想外に下に海が見えます。結構登った?
久しぶりの日本海の眺め。早起き(偶然だけど)して出掛けて良かった!と思う瞬間です。右に見えるのは粟島。[左]
羽越本線を跨線橋で越えて、この先ずっと海沿いを走ります。車の通りが想像よりずっと少ないのは、連休を外したからかな?[下]
海府ふれあい広場で海を眺めながら一休み。こんな素晴らしい風景が身近にある村上市民がうらやましい。[左]
越後早川駅近く。白い砂浜、青い空と海、もう言うこと無し。この先も桑川駅(道の駅笹川流れ)辺りまでは、こんな景色が続きます。[下]
弁天岩の手前にあるちょっとした駐車場(旧道跡?)から見る粟島。[左]
「道の駅笹川流れ」の前から眺め。この先に備えて、少し長めの休憩タイム。[下]
笹川流れに入りました。短いトンネルとちょっとしたアップダウンの連続する区間になります。右が眼鏡岩。なんで眼鏡?と思ったら新潟地震で崩れて片眼鏡になってしまったらしい。[上]
眼鏡岩と恐竜岩の間のちょっとした湾に遊覧船が入ってきました。次に来たときは乗ってみるか。[左]
潮風とカモメに出会える旅 笹川流れ観光汽船
新潟地震・・・笹川流れの Web Log
眼鏡岩駐車場から少し先を見ると隧道がチラッと見えています。今のトンネルの先代とは思えないサイズ。[左]
今川駅手前の旧道敷の風景。ここは幅員もそこそこ広いのですが・・・。[下]
その旧道の先にあるのがこのアジリキ隧道。直前まではそこそこの幅員があるのに、唐突に狭い隧道になるのでおっかないですねぇ。
越後寒川駅の少し先、国道7号の葡萄峠へ向かう県道6号との分岐まで来ました。ここで国道7号へ廻って村上市街に戻る周回ルートも面白いかも。
寝屋漁港まで北上してきました。左にぴょんと突っ立っているのは鉾立岩。
勝木駅の先で内陸部を進んできた国道7号と合流し、さらに北上します。さて、この先に今日一番の難所、府屋第一、府屋第二トンネルが待っています。マトモな歩道が無い上に路側帯が狭い・・・。挙げ句に旧トンネルは通行止めで迂回することも出来ないのです。
灯火類を全て点灯して府屋第一、府屋第二トンネルを通過し、大川を渡る府屋大橋の手前まで来ました。既に県境の鼠ヶ関が見えています。自転車では初の新潟県・山形県境越えまであと少し。
新潟県・山形県境に到達。向こう側は鶴岡市。自転車でこの2県を跨ぐのは初です。
まず、松尾芭蕉も越えた近世念珠関址の場所へ。国道7号を進んで鼠ヶ関交差点のほんの少し先に有りました。何だか民家の庭先に侵入するようで気が引けるのですが・・・。
現地の案内板。「番所の建物は廃止後、地主家の住居となり〜」とあるので、やっぱり民家の庭を開放しているんですね。[左]
内務省が建てた碑。中々の大きさでコンクリート製のようですね。[下]
近世念珠関址・・・やまがたへの旅
近世念珠関址・・・あつみ観光協会
鼠ヶ関灯台をチラ見。この灯台が立つ弁天島、今は地続きになっていますが、これは鼠ヶ関港を浚渫した時の土砂を使って埋め立てたそうです。
鼠ヶ関灯台のまち山形県鶴岡市・・・海と灯台プロジェクト
弁天島・・・やまがたへの旅
漁船が数隻停泊していた鼠ヶ関港。お昼時に出入りする船は無く静かな水面。[上]
さて灯台の次は県境を見に行きます。灯台から鼠ヶ関の街を少し南へ行ったところにありました。右の民家までは新潟県で道路は山形県? 河川でも旧河道でも無い、なにも無い所が境界ってのは面白い。県が旧字体ですが昭和33年に復元された物らしい。[左]
山形県・新潟県境標・・・やまがたへの旅
県境碑・・・あつみ観光協会
さて、その県境を示す境標の路地を入った所にあるのが、古代鼠ヶ関址の石碑と案内板。
地上に露出している遺跡は無いようなので、この文面から妄想するだけ。でも近代の鼠ヶ関よりも古代鼠ヶ関のほうが現県境に近いって面白いですね。
さて、今日はここ鼠ヶ関で折り返して来た道を戻ります、が、復路は海側ではなく山側を見物する事に。ここは府屋駅近くの県道52号。
寝屋漁港から少し南へ行ったところ、海上を進む国道と山側に残る旧道。その向こうに要塞跡のように見えるのは現役の羽越本線。手前の岩に四角くコンクリが打設されていてアンカーが顔を出しているんですが、何か作る予定だったのか、それとも現在の国道建設の仮設物か何かかな?
さらにその少し先にあるのがこれ。羽越本線の付替跡のスノーシェッドがそのまま道路に転用されています。自転車で突っ込むと後ろに渋滞が出来そうだったので、海側の歩道を進みました。実際には渋滞するほどの交通量は有りませんが。
そのストーシェッドの少し先の芦屋集落近くの景色。
寒川を過ぎ狐崎の根元を回り込んで直ぐに小さな沢を越えるのですが、その山側に残る橋。今では前後の路面跡も定かではありませんが、1948年の航空写真を見ると旧道のようですね。電柱は今でも旧道沿いに立っています。
脇川漁港を一跨ぎにする国道345号。それを見上げながら細い旧道を辿ります。
今川集落の旧道を進みます。この先、軽自動車も行き違うのが難しい様な狭さになります。
板貝川に掛かる現国道345号の橋の直ぐ隣に、しかもその国道の橋に親柱や欄干などを削られならも残る旧道の橋。ここまで近接しているのに、何故残したのか色々考えてみるのも一興。
で、その旧道の橋の袂に立派なモノが控えておりました。さいの神だそうです。下の説明を読むとなるほど、と納得。
正面は垂直に近い崖、左は海という絶望的な立地に残る大正浦隧道。元は江戸時代末期に開削された隧道が元との事。
吉浦集落を通過して国道に合流する手前の旧道。左に架線柱が見えているのが羽越本線。[左]
現道開通後に倉庫か何かに転用されたのか、キチッとした扉が付いたヒトハネ隧道。反対側もコンクリでキチッと塞がれています。[下]
大月集落の先の旧道。田植えが終わったばかりの水面が鏡のようです・・・つまり風がちっとも無くて暑いのです。
三面川を渡って、さて、どうするか。当初は村上市街の街道・旧跡を廻ろうかな〜と思っていたのですが、暑さの為にパス。瀬波横町から瀬波町を少しだけ見て行く事に。
最後に越後出羽街道を通って、三面川河川敷の中州公園駐車場に戻って、この日の自転車活動は終了。走行距離は約103km。次の秋に行ってみたいなぁ。
All Photographs by Ryo Masuda 2024.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA
この記事は[2024.08.19]に加筆修正しました。
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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp