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風まかせ旅紀行

福島県 会津盆地半周ポタリング Vol.2



地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)


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鐘撞堂峠を登る

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峠の只見川側に残る旧道

旧五十嵐家住宅を後にして気多宮宿を通り、越後街道の鐘撞堂峠を登ります。といっても標高差は僅かで直ぐにピークを越えます。[上]

峠の只見川側に旧道(旧街道ではないほう)が残っているとの事なので、をちょいと眺めていくことに。[左]


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通り抜けられず

路面の状態が思ったより良かったので、ずんずん進んでこんな状態になりました。事前の情報で通り抜けられない事は分かっていたのに、つい深入りしてしまいました。[左]

現道まで登り返してから、また降りて、さらに河岸段丘を旧道で降りて舟渡(ふなと)の集落へ向かいます。[下]


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河岸段丘を旧道で降りる

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舟渡集落

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旧道の延長上に残る橋脚跡

越後街道が只見川にぶつかる渡河点にある舟渡集落。名前の通り街道時代は渡船、明治に入ってからは船を並べて仮設の橋を掛けていた、と、イザベラ・バードの日本奥地紀行に記述されているんだそうです。一度目を通さないとだな。[上]

旧道の延長上に残る橋脚跡。ここにあった旧橋は1934年(昭和9年)に、只見川で最初の鉄筋コンクリート橋梁だったとの事。[左]


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対岸の片門集落内の旧道

現県道の片門橋で只見川を渡ってさっき見ていた対岸の片門(かたかど)集落の旧道に来ました。現役の郵便ポストと仲良く立つ10.0t制限の標識。


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親柱が残っていた

旧橋の袂に来ました。親柱が何故か撤去されずに残っています。この狭さだと軽自動車同士の対向も気を遣いそう。


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只見川左岸の市道を北上

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県道151号を北上

片門集落から先の越後街道を辿るのは次の機会にして、只見川左岸の市道を北上します。周りは果樹園ですね。[上]

西羽賀橋の袂で県道151号に合流して、さらに北上します。次に目指すのは磐越西線の山都駅がある山都。[左]


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川井橋から眺める只見川

川井橋で再び只見川を西から東へ横断し、県道43号に合流し、さらに道なりに北上して山都に入ります。


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磐越西線・一ノ戸川橋梁

その山都はお祭りで大通りが通行止め・・・。街並みを見るのを楽しみにしていたのですが、これも次の機会にお預け。そのまま磐越西線の一ノ戸川橋梁へ。磐越西線開通当時からの鉄橋で、一連の施設が土木学会の推奨土木遺産に指定されています。撮影ポイントとしても有名。


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そば粉100% シートベルト100%

旧道の現・県道の合流地点で見掛けた面白系看板。この辺りは蕎麦が特産らしい。

いいでとそばの里


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県道16号を喜多方方面へ進む

さて、一ノ戸川橋梁から現・県道16号に出て次は喜多方へ向かいます。この道のアップダウンが中々厳しく、さらに10月中旬とは思えない暑さもあって、ヘロヘロになって休み休み進みます。


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やっとピークを越えたかな・・・

あ、やっとピークを越えた感じ・・・。この後の予定ルートは平地のみだからどうにかなるか・・・。[左]

お、平野を挟んで磐梯山が眺められるポイントに来ました。自転車を降りてしばし撮影タイム。ちなみにほぼ真向かいの斜面が(何故か)有名な恋人坂。[下]

恋人坂・恋人岬 - ふくしまの旅


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土蔵が点在する慶徳町豊岡

丘を降りて慶徳町豊岡の路地を進みます。あちらこちらに土蔵が残っていて、中々趣の有る集落です。[左]


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久しぶりに来た喜多方駅

舞台田橋で濁川を渡って喜多方駅に来ました。以前訪れたのは2008年、いや2007年だったか・・・。何故か写真を撮ってないんだよなぁ。[左]

懐かしい街並みを求めて路地をウロウロ。こういう時は駐輪に困らないスタンド付のミニベロが欲しくなるのです。[下]


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おだつき蔵通にある竹細工屋さん

小田付重要伝統的建造物群保存地区にある、竹細工のお店「たけや」。ザルとカゴが欲しくてしばし眺めてしまいましたが、自転車だと持って帰れない・・・残念。


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だいぶ日が傾いて来た

喜多方の街並みを眺めてウロウロするうちに、ずいぶんと日が傾いてきました。農道や米沢街道(会津街道)を辿って出発地点へと急ぎます。


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米沢街道・塩川宿

米沢街道の塩川宿。阿賀川を使った水運の川港町として発展した街だとか。時間が有ればここもウロウロしたかったのですが、今日はノンストップで通過。[左]

日橋川に係る南大橋から眺める会津磐梯山。水運が行われていた当時は、この川面いっぱいに船が有ったのだろうか、なんて想像すると楽しいのです。対岸の浜崎の集落も古い建物が点在していて一見の価値有りと思います。[下]


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南大橋から眺める日橋川の流れと会津磐梯山

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農道を繋いで南下

出発地点に真っ直ぐ向かうルートがないので、農道を右へ行ったり左へ曲がったりしつつ南下します。[左]

今日最後の立ち寄りポイントは神指城跡。上杉景勝が1600年に作り始めて未完に終わった城です。ここは二の丸の土塁、北東の隅に近いところの様です。土塁手前の道路が堀跡、という事になります。1960年代の航空写真を確認すると、やや南北に長い正方形の縄張りがハッキリと分かります。[下]


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神指城跡の土塁

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土塁の上に伸びるケヤキ

土塁上に伸びるケヤキ。当然、1600年の築城以降に育ったんだろうから、樹齢400年という事でしょうか。


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稲穂の向こうに南東隅の土塁が見える

金色に輝く稲穂の向こうに見えるのは南東の隅の土塁のようですね。北西の隅も残ってるんですよね。もしかして農地整理の際にわざと残したのだろうか? 南西の隅は残念ながら阿賀川の流れの中になってしまい、現存しないようですが。当時の阿賀川はどの辺を流れていたんだろう? 等と色々興味は尽きないのですが、日没近くに出発地点の駐車場に戻ってこの日の自転車活動は終了。


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All Photographs by Ryo Masuda 2023.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA


この記事は[2025.01.03]に加筆修正しました。

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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp