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風まかせ旅紀行

福島県 会津盆地半周ポタリング Vol.1



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2023年10月14日(土)

9月下旬から10月上旬に予定していた乗鞍エコーラインも天候悪化で中止。このままだと何処へも遠征しないまま冬になってしまいそう・・・。といって何処へ行けば旅紀行レポ的に目新しさがあるだろうか? これまで行った事の無い地域で、尚且つ土日で無理なく行ける所。そうだ、お隣福島県の会津盆地は、まだ自転車で走ったことが無い、ということで3年前に作成しておいたルートを走ってみることにしました。

地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)


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阿賀川河川敷の駐車場に車を置いた

朝4時台に家を出発し、北関東道から東北道、磐越道を通り、会津若松ICで高速道路を降ります。阿賀川沿いにある木炭庵ひろば近くの駐車場に到着したのは、まだ8時前。天気予報は晴でしたが、まだ辺り一面の霧。


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辺り一面の霧

車から3代目5号車を下ろし、出発準備を整えて尚、直ぐ近くの蟹川橋は霧の中。これが噂に聞く会津盆地の朝霧か。

気象予報士泣かせの“会津の霧”


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阿賀川の左岸へ向かう

霧は走っているうちに晴れる事を期待し、霧の中へ走り出します。まず蟹川橋を渡って阿賀川の左岸へ向かいます。


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阿賀川左岸堤防の上を南へ

蟹川橋を渡り終え、阿賀川左岸の堤防上を南へ向かいます。


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かつての高田橋に繋がっていた道筋

国道401号の旧道に来ました。先代の高田橋西詰へと繋がる道筋だった、はず。直ぐ先に見えている丁字路を左折してさらに南下します。[左]

北会津町上米塚に入ると古い家が次から次へと現れます。特に歴史的建造物保存地区でも何でも無い所でも、こんなに残っているんだなとビックリするやら、嬉しいやらでキョロキョロしながら道なりに進んで只見線を越えます。[下]


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次々に古い民家が現れる

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焼き物の案内が増えてきた

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本郷第一小学校跡の広場

只見線を横断して会津美里町新町に入ると看板建築の商店や旅館、そして焼き物の店があちらこちらに。会津焼ってここなのか、と現地で初めて知ったのでした。[上]

商店の建ち並ぶ通りから少し入った所に広々とした空き地が在りました。平成25年に閉校した本郷第一小学校の跡地との事。トラロープで囲まれていますが、立ち入り禁止ではなく遊び場として開放されているそうです。[左]

会津美里町旧本郷第一小学校跡地を一般開放します/会津美里町

道なりに県道を西へ向かいます。[下]


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県道128号を道なりに西へ

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街道の宿のように家々が並ぶ勝原西勝

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県道沿いは果樹園と田んぼが混在

県道の旧道沿いに民家が建ち並ぶ会津美里町勝原西勝。まるで宿場のようですが、ここは街道でも脇往還でもないようなので農村郷なのかなぁ?[上]

会津高田町へ行く前に県道をもう少し西へ行っています。道沿いは田んぼと果樹園が混在。左にチラッと写っているのはリンゴかな?[左]


再び分かれていく旧道を辿って進むと、漆喰壁の蔵とレンガ造りの煙突に行き会いました。直ぐに造り酒屋だな、と思ったものの、その場では名前が分かりませんでした。男山酒造だそうです。


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国道401号沿いの街並み

男山酒造から、さらに旧道を西へ進み松岸橋で宮川を北から南へ渡って国道401号に合流。V字状に折り返して東へ向かい永井野から会津高田を街並みを見学。永井野には古い郵便局舎が残っている事を知ったのはこのレポートを書き始めてから・・・また行く理由が出来ました。[上]

国道401号を進んで、高田インフォメーションセンター(美里蔵)近くのベンチで一休みしてから、伊佐須美神社へ。この神社、筆者が若かりし頃、お隣の新潟県に居た頃、CMで良く聞いた神社なのです。


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一風変わった名前のバス停

伊佐須美神社から、国道401号に戻って北上。すると右手に何か像が建っているのを見掛けて寄ってみる事に。その像の前にあるバス停の名称が中々類似を見ないものでした。


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天海大僧正の像

その天海大僧正の像。ここ以外に縁のある埼玉県の喜多院、栃木県の東照宮近くにあるそうです。へー。[左]

天海大僧正について・ミサトノ.jp

国道401号を道なりに北上して、いよいよ只見線にぶつかるという手前で東へカクっと折れる国道から少し入った所にある会津高田駅。ということは上越の高田駅のほうが歴史は古いのか。「男はつらいよ」のロケ地だそうですが、当時の駅舎ではないので、感慨にひられる要素無し。[下]


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只見線の会津高田駅

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対面のホームも残っている

対面式のホーム、そして貨物の引込線跡とその屋根が残っていました。JR化後も列車交換出来たようで、その当時は跨線橋があったらしい。[左]

会津高田駅を後にして、宮川(鶴沼川)左岸の農道・市道を繋いで越後会津街道の宿場、会津坂下を向かいます。こういう広々とした田んぼ風景の中を走るのは久しぶり。田植え直後も綺麗だろうなぁ。[下]


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農道・市道を繋いで北上

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農道・市道を繋いで北上

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佐布川辺り

会津美里町佐布川辺り。通り掛かる車もほとんど無くどんどん北上します。[左]


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真っ直ぐ伸びる農道

会津美里町境野境野辺り、向こうの集落までの約900mを真っ直ぐ進みます。[左]

左手には会津磐梯山。猪苗代湖畔からの眺めは幾度か目にしているのですが、会津平野から見る磐梯山は新鮮。[下]


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会津平野から見る磐梯山

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坂下宿

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旧国道に入った

只見線・根岸駅の直ぐ北側で只見線の西側に出てさらに北上し、越後街道(会津街道)の宿場町、会津坂下に入りました。ここは消雪パイプが設置されていて、路面は新潟で生活していた頃にお馴染みの赤さび色。[上]

そのまま街道を辿って気多宮の旧国道に入って、少し登ります。この先に在る立木観音に立ち寄る予定。[左]


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気多宮宿の途中に有る立木観音

立木観音(恵隆寺)に到着。会津三十三観音の第三十一札所になっているそうです。この本堂は建久年間(西暦1200年頃)の建立らしい。にぎやか、というほどは参詣者が来ている訳ではないのですが、いつも数人居て途切れることはありませんでした。


立木観音の隣の敷地に、何やら茅葺き屋根の建物が見えていて、近くの案内板には「旧五十嵐家住宅」とありました。折角なので見学していくことにします。詳細は別ページに纏めました。


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現地の案内板

現地に設置されている会津坂下町教育委員会による案内板。1726年というと、新潟県長岡市にある長谷川邸と同時期(あちらは焼失の後、1716年の再建)ですね。



All Photographs by Ryo Masuda 2023.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA


この記事は[2025.01.03]に加筆修正しました。

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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp