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風まかせ旅紀行

山形県・宮城県 羽州街道・金山峠 Vol.2



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楢下宿に入った

楢下宿の南端に来ました。楢下宿の中では新しく出来た町で、その名も新町。[左]

桑折宿で奥州街道と分かれて羽州街道で12番目の一里塚。一里=約4kmとすると桑折から役50kmか。[下]

地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)


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羽州街道12番目の一里塚

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移築保存された脇本陣の滝沢屋

一里塚跡から直ぐの所に脇本陣の建物が残されています。元々は街道を進んで金山川を渡った先にある下町に在ったそうですが、平成7年に県の文化財に指定されたのを期に、現在の地に移築保存したそうで。[左]

滝沢屋から少し行って左(西)側に見えてきたのが武田家。一軒一軒見学したいところですが今日は外見を眺めるだけ。
その少し先で右へ曲がって郵便局の前を通るのが街道で、直進するのは明治16年に拓かれた新道。[下]


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武田家の少し先を右に曲がるのが街道

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金山川に向かって急な坂を下りていく

関所跡でもある郵便局の先は結構な下り坂。これは積雪の在る頃は怖いぞ。よく見るとその先の橋の上の路面も下り坂になっています。[左]

明治13年に架橋された石造アーチの新橋で金山川を渡ると下町。新橋から近い位置にあるのが、こちらも脇本陣の庄内屋。[下]


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明治13年竣工の新橋とその周辺の街道

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新橋のたもとで一休み

橋のたもとがちょっとした公園というか広場になっているので、そこに腰を下ろして補給タイム。近所にこんな素敵な景色がある町に住んでみたいなぁ、と、田舎を持たない筆者は何処行ってもそんなことを考えるのです。


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右の茅葺き屋根が大黒屋

再出発して直ぐに左手に見えてくるのが旅籠だった大黒屋。元々は道の右側にあったそうです。


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上山市の中心部へ向かう

旧街道を辿って上山市の中心街へ向かって北上。東から合流してくる県道13号になります。そういえば果樹園が多くなってきました。そうか、山形と言えばサクランボ、洋梨、ぶどう、リンゴ、桃etc色々有りますね。

もぎたての瑞々しさは格別!「フルーツ王国」山形県・・・やまがたへの旅


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ちょいと農道へ寄り道して果樹園を見物

ちょいと街道を逸れて田んぼと果樹園に囲まれた農道を進みます。これは・・・リンゴかなぁ? 向こうの方に有名なタワーマンションが見えてきました。[左]

月並みな表現だけど青々とした景色・・・平地から丘陵、峠道まで、山形は自転車で走って気持ちいい所ですね。そういえばツール・ド・ラ・フランスなんてのもやってますね。[下]


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何処を走っていても気持ちいい

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米沢街道と羽州街道の追分に建つ石碑

農道を進んで東北中央自動車道を潜った少し先で街道に戻り、米沢街道との分岐に来ました。確かここに・・・と、Y字路のでキョロキョロすると電柱に隠れるように板碑が在りました。元禄4年(1691年)に建てられたものだそうで、後年に道標代わりになるように、下方に「右ハよ年さわ 左は江どみち」と刻まれています。


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拡幅された街道を北上

さほど遠くない時期に拡幅された感じの街道を北上。


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円通寺近くの旧道

県道13号から左手に分かれていく旧道へ入って円通寺というお寺の近く。クラシカルな火の見櫓が良い感じ。[左]

その先、奥羽本線・山形新幹線に分断されますが、陸橋の下に設けられた地下道でそれを横断して、続きを辿ります。[下]


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奥羽本線を潜った先の街道

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矢来橋の上から見る前川の上流方向

前川に掛かる矢来橋を渡ります。ガチガチに固められた護岸は、多分昭和42年(1967年)の羽越水害の影響かなぁ? ちょうどこの橋から撮られた写真が有ります。[左]

上山市|写真|羽越水害アーカイブ・・・羽越水害アーカイブ

矢来橋を渡ると左に曲がってショッピングセンター跡の建物を利用した二日町プラザにぶつかります。ひとまず羽州街道を進んでみる事に。この辺りが上山宿の中心部の十日町。右の荒物屋さん(清水屋)は立派な土蔵造りの商家。[下]


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上山宿の中心部

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新丁の枡形

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登っていく羽州街道

新丁の枡形に来ました。左が来た方向(南)の様子。ところで何故「丁」なんだろうな? 「町」と同じ読みを当てたのかな? 街道を海道と書く例もあるし。[上]

新丁坂下バス停の近くで左手へY字に分かれていく羽州街道。この先も気になりますが、今日はここで折り返しです。[左]


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駅の一角にある斎藤茂吉の歌碑

折角なので寄っていこうと来たのは奥羽本線のかみのやま温泉駅。その一角に平成13年に建てられた斎藤茂吉の歌碑があります。そうか、斎藤茂吉はこの地が出身地なんだな。[左]

かみのやま温泉駅から前川沿いに、国道13号の旧道と米沢街道の断片を辿りながら、赤湯温泉へ向かいます。[下]


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赤湯温泉に向かう

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川口の旧国道

石曽根を通って川口の国道13号の旧道に来ました。通る車も無く静かな通りです。[左]

この先、現国道13号を横断して前川ダムへ繋がる道から、さらに分かれた先に在るのが堅磐橋(かきわばし)。[下]


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堅磐橋(かきわばし)

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国道の歩道から見下ろすとこんな感じ

明治11年に架橋された石造アーチ橋。欄干や親柱も石造。欠けたところはコンクリで丁寧に補修されています。かのイザベラ・バードも通った、らしい。上山市の文化財に指定されています。国道13号の歩道から見るとこんな感じ。

堅磐橋・・・山形県

堅磐橋を見学した後、国道13号の歩道をノンビリ進むと左手に大きな岩が見えてきます。その直ぐ近くに米沢藩と北山藩の境界を示す石碑が建っています。今の上山市南陽市の境はもう少し先。[下]

かみのやま 歴史・文化財さんぽ 第39号(PDF注意)・・・上山市


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米沢藩と北山藩の境界

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中山集落の中の米沢街道

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橋であることに気が付きにくい

境界石標から150mほど行って国道13号の旧道(県道51号-山形上山線)に入って、さらに中山集落の中の米沢街道へ。さて、この先にあるはずなのですが・・・。[上]

道幅が思ったより広い上に越える川の水面が見える事も無いので、それと気付かずに行き過ぎてから橋を気が付きました。明治13年(1880年)竣工の中山橋。(土木学会のサイトには明治11年完成の記載有り)[下]

中山橋・・・山形県


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明治13年竣工の中山橋

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奥羽本線と平行する旧国道を進む

中山橋から国道13号の旧道に合流して道なりに南下。南陽市に入りました。旧道といえども置賜地方と山形を結ぶ大動脈なので車が多いかも、と心配していたのですがご覧の通り貸切状態。左に奥羽本線が併走します。


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吉田橋

この先に、小岩沢の集落へ続く旧道に変わった橋が・・・あった! 現役の県道になっている吉田橋。これも明治13年(1880年)竣工。[左]

親柱や欄干の一部が面白い形になっていますが、産出された石をそのまま使った訳ではなく、わざわざ奇岩・自然石風に彫ってあるんだとか。完成当時は単なる道路というだけでなく、一種のアトラクションだったんだろうなぁ。[下]

吉田橋・・・山形県


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奇岩的な親柱がとってもユニーク

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小さな小巌橋(蛇ヶ橋)

吉田橋から道なりに進むと、一連の石橋とは少し毛色の違う小巌橋(蛇ヶ橋)が在ります。[左]

表面の状態がずいぶん違うなーと不思議に思ったのですが、2014年7月の豪雨で壊れてしまい、石材で復元した結果なんだそうです。安易にコンクリート橋に架け替えなかったのは英断ですね。一連の石橋群は土木学会の推奨土木遺産にも指定されています。[下]

山形の石橋群・・・土木学会


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肌が白いのは同じ石材で復元されたものらしい

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緩やかに上る旧道

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緑のトンネルに突入

小岩沢から奥羽本線と国道13号を横断し川樋の旧道。フラットに見えるのですが緩やかな登りになっています。[上]

川樋から新田と進んでハイジアフルーツラインを横断すると、一転して下り坂、そして緑のトンネルに突入。[左]


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昭和10年の改修記念碑が残る鳥上坂

ここは明治13年に旧来の街道筋とは別に開削された鳥上坂。昭和10年に行われた改修工事の竣工を記念した碑が右上に写っているのですが、存在に気が付いたのは帰宅後・・・。

鳥上坂・・・何とか庵〜本名荒井Webサイト


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立派なレンガ造の陸橋

坂をどんどん下っていくと最後に左へ急カーブして、立派なレンガ建造物が現れます。この上を通る奥羽本線が明治34年に開通したときに作られた陸橋なのです。隧道と違って扁額がないので名称が判らないのですが、地元では鳥上坂トンネルと呼んでるとか。[左]

外は黒く汚れていますが、中は綺麗な煉瓦色が残っています。幅の割に高さが無いのですが、勾配緩和の為に路面を1m近くかさ上げした結果らしい。[下]


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中は綺麗な煉瓦色が残る

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奥羽本線と現国道の間に残る旧国道

明治のレンガ建造物の次は昭和の道路遺構。現国道と奥羽本線の隙間に残る旧国道。歩道代わりに通行しろという事なのか、特に侵入を拒む物も無く難なく通行出来ます。


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白竜湖にまつわる何かの記念碑

北町で旧国道から街道らしき道筋に入ってキョロキョロしていると、何やら大きな石碑が目に入ってきました。近くの白竜湖に関する物のようですが・・・。「堰紀念」とあるので昭和初期に白竜湖に堰を作って農業用水化した、のかな? ちなみに直ぐ後ろは断層崖らしい。


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3姉妹がやってるんでしょ?

赤湯温泉通りを行ったり来たり。お、あの店はもしや3姉妹がやってるのでは?とつい妄想してしまうオヤジがここに1人。


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山形県下最大の稲荷森古墳

赤湯温泉をウロウロし、セブンイレブン南洋赤湯中央店でちょっと補給。次に向かったのは山形県下最大の古墳で、国指定の史跡になっている稲荷森古墳。こんなに古墳然とした形に見えるのですが、古墳と判明したのは1977年との事。[左]

稲荷森古墳・・・文化遺産オンライン

稲荷森古墳から県道157号線に出て中ノ目辺り。一旦国道13号に合流して大橋で吉野川を渡ります。[下]


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中ノ目辺りの県道157号線

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大橋を渡った先に残る旧道

大橋を渡ると現道のすぐ西側に旧道が残されていました。


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橋のたもとに残る石塔群

その手前、吉野川の堤防上に石塔が色々残されています。右から2番目はその右のを復元したものらしい。江戸時代、ここに大橋駅が置かれていた時のもので「従是内無口附馬不可乗 高声加烟筒無用」と彫られています。「暴れ馬に乗るな、大声出すな、歩きたばこ禁止!」という感じでしょうか。[左]

大橋の旧道を進みます。ここが国道13号だった事はあるのだろうか? 航空写真を確認すると1961-64年には既に東側にバイパスが出来ていますね。[下]


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大橋の旧道を進む

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高鼻の旧道

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文殊菩薩の字が見える常夜灯

旧道の先は奥羽本線の踏切跡で途切れているので、ぐるっと西側を迂回して高鼻の旧道へ。[上]

旧道が最上川にぶつかる所に常夜灯が残っていました。写真は来た道を振り返って見たところ。最上川に向かって下がっていますね。文殊菩薩というと午前中に通った亀岡文殊の事を指しているのだろうか?[左]


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山岳信仰に関する物らしい

堤防の上に出て、ふと堤防の中を見ると何やら大きな石碑が見えたので降りてみました。案内が何も無いのですが、山岳信仰に関する物らしい。


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対岸に何か案内板が見える

最上川の対岸を見ると何か案内板があります。よし、行ってみよう。


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糠野目橋を渡って左岸に来た

国道13号の糠野目橋で最上川を渡って左岸に来ました。


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「最上川舟運マップ」だった

対岸から見えていたのは「最上川舟運マップ」と題された案内板でした。へぇ。

最上川舟運の歴史(概要)・・・最上川電子大事典


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「舟運マップ」の後ろに伸びる旧道

さて、その舟運で栄えた最上川左岸の糠野目の旧道へ行ってみましょう。[左]

なかなか当時の様子を彷彿とさせる物は残っていないようですが、ポツポツと古そうな建物に行き会います。右側の黒塀に囲まれているのは後藤酒造店。[下]


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ポツポツと古そうな建物が在る

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置賜自転車道で出発地点へ戻った

糠野目の中町から上町と南下していくと現・国道13号に合流します。国道を避けて細道を繋ぎ、置賜橋の袂で置賜自転車道に合流。後は自転車道を南下して17時半に出発地点に戻り、本日の自転車活動は終了。走行距離は約106kmでした。

初の置賜地方での自転車活動でしたが、いろいろ見ることが出来た一方、見逃した所の多々。また行かなくちゃ。



All Photographs by Ryo Masuda 2024.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA


この記事は[2025.08.03]に加筆修正しました。

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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp