TOP MENU旅紀行栃木県・宮城県 奥州街道 宇都宮-白河-福島>宇都宮-境の明神-白河 Vol.2

風まかせ旅紀行

奥州街道宇都宮-境の明神-白河 Vol.2



photo-20151024-44 photo-20151024-104
県道72号線を進む

photo-20151024-45
人家が途切れる

地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)

市野沢郵便局から先も道なりに、荒屋敷、練貫と県道72号線を進みます。[上]

練貫を過ぎると人家が途切れて、何かそれまでの道のりと違う、遠くへ来た感じになりました。[左]


photo-20151024-46
那須塩原市に入った

那須塩原市に入りました。道のセンターラインもいつの間にか無くなって、寂しい感じが増してきました。車もあまり通りません。[左]

新堀辺り。大田原宿から鍋掛宿までの間では、一番ローカル感が濃い場所だったかも知れません。[下]


photo-20151024-106 photo-20151024-47
道幅の狭い新堀辺り

photo-20151024-48
階段の上に一里塚と鍋掛神社が有る

切り通しとなった場所に「鍋掛の一里塚」の案内が有りました。このピークに愛宕峠という名前が有ると知ったのは帰宅後の事。あの階段の上に一里塚が有るのですが、かつてはその高さを道が通っていた、という事らしい。

鍋掛の一里塚|那須塩原町


photo-20151024-49
愛宕峠を降りて鍋掛宿に入った

愛宕峠を降りて奥州街道23番目の宿場、鍋掛宿に入りました。


photo-20151024-50
消防小屋前の道標

消防小屋の前に建てられていた、おそらく紀元2600年を記念して青年部鍋掛支所によって造られた道標。「右芦野町ヨリ白河ニ至」「左」は「大田原ニ至」は読めるのですが、その前の地名が読めません。金白村かな?


photo-20151024-51
那珂川を渡る

鍋掛宿を出て那珂川に掛かる昭明橋を渡ります。


photo-20151024-52
昭明橋の2つの記念碑

昭明橋左岸の電気屋さんの裏にある昭明橋架橋の2つの記念碑。奥は昭和16年のもの、手前は表には年号が無いのですが、今掛かっている車道のものかな?とすると、歩行者専用になっている橋は昭和16年架橋なのかな?


photo-20151024-53
道路案内に「白河」が現れる

突き当たりのT字路の道路案内に「白河」の二文字が出て来ました。[左]

道路案内に従ってT字路を左折し、鍋掛宿と那珂川を挟んで対岸にある堀越宿を通過して、さらに県道72号線を辿ります。丘を1つ越えて杉渡土集落、2つ目の丘には富士見峠の名前が付いていて、これを越えます。[下]


photo-20151024-54 photo-20151024-107
堀越宿の先にある丘を登る

photo-20151024-55
寺子一里塚公園

富士見峠から真っ直ぐに降りて行くと寺子の一里塚。ちょっとした公園になっていて、此処で水分補給の小休止。今有る一里塚は平成7年に復元された物で、元々は50mほど白河寄りに有ったそうです。ここで街道歩きと思われる二人組を見掛けました。東海道と比べると歩いている人は少ないですね。


photo-20151024-56 photo-20151024-108
余笹川を越える寺子橋

photo-20151024-57
旧橋架橋地点近くの地蔵菩薩

余笹川に掛かる寺子橋。平成10年8月の豪雨で流された後に掛け替えられた新しい橋です。橋の袂にはそれを記した案内板があります。[上]

旧橋の掛かっていた近くにあるのが寺子地蔵大菩薩。享保の飢饉の際に信州から石工を呼んで造られたものだとか。[左]

災害の事例・・・那須塩原市


photo-20151024-58
豊岡集落辺り

世笹川を渡り、対岸の石田坂集落の、文字通り集落名の由来でもあろう坂道を登ります。豊岡の集落まで登って来る頃には道路のセンターラインも無くなりました。ところで、右側の青いラインは何だろう?しまなみ海道の道案内もこんな感じですが。


photo-20151024-59
那須町に入った

丘のピークで那須町に入りました。


photo-20151024-60
また少し民家が途切れる

豊岡から次の黒川の集落までは、少しの間は人家が途切れて寂しい道中。


photo-20151024-61
右が集落へと続く街道

黒川の集落直前で左へ迂回していく現道と別れ、集落に直進していくのが街道。この先は黒川に突き当たって現道に戻るしか無い事は分かっていますが、折角なので街道へ。


photo-20151024-62
対岸から見た黒川集落

現道の黒川橋で黒川を渡り、黒川集落の丁度反対側まで来ました。川に向かって真っ直ぐに降りてきているのが街道。


photo-20151024-63
街道歩きの人を追い越した

黒川を渡った先、まだ少し丘を登ります。道路の拡張・付け替え工事が行われたばかりのようでした。その先は、また細道になります。ここで、街道歩きらしい人を追い越しました。
(道路拡張前は街道がはっきりと残っていたようです)


photo-20151024-64
夫婦石の一里塚

道が狭くなった少し先に有るのが夫婦石の一里塚。起点の日本橋から43里だそうです。


photo-20151024-65
芦野宿に入る

文字通り丘の西側にある西坂集落の坂を下り、現国道294号を横断して小さな橋を渡り芦野宿に入ります。橋の袂にある「スクールゾーン」の標識も歴史有りそうです。


photo-20151024-66
宿の南側に残る枡形

道は、直ぐにクランク状になった枡形になり、その先で旧国道に合流します。[左]

芦野宿の中心部。意外にも、と言っては失礼な言い方ですが、観光客が彼方此方に居て、大田原宿以来の賑やかさを感じる場所です。[下]


photo-20151024-67 photo-20151024-109
芦野宿の中心部

photo-20151024-68
現国道294号と合流

芦野宿の中を北上していくと、北端で現国道294号に合流します。その合流点にあるのが「遊行庵食堂」。土曜日夕方のテレビ番組で見たような記憶が。最近、閉店してしまったようですが。


photo-20151024-69
次の宿場は陸奥国になる

下野国最後となる芦野宿を出ると、次の白坂宿は国境を越えて陸奥国。ポコポコと並ぶ小山の間を縫うようにして進み、最終的には境明神の登りを越えなければなりません。距離は大したことないし、時間的にも余裕があるはずですが、だんだんと夕景になって来ると気が急いてしまいますね。


photo-20151024-70
舗装工事中だった旧道

国道294号を少し北上して、直ぐに板屋・蟹沢を通る旧道に入ろうとしたのですが、おや?舗装が剥がされて砂利道になっています。奈良川を渡る橋の上も含めて舗装をやり直しているようですが、橋の直ぐ先までのようなので、押して歩いて旧道に入りました。


photo-20151024-71
板屋から蟹沢に向かう旧道

板屋から蟹沢に向かう旧道。先に登り坂が見えています。


photo-20151024-72
板屋の一里塚

切り通しとなった、その登り坂から見上げるような位置にあるのが板屋の一里塚。日本橋から44番目との事。道が掘り下げられる前は、直登するとは思えないし、小さな九十九折りの道だったのだろうか?


photo-20151024-73
田圃の向こう側に見えるのが現国道294号

蟹沢の集落を抜けて民家が途切れて、左手に現国道294号が見える所に来ました。前方に民家が固まって見えるのは高瀬集落でしょう。[左]

広い道が印象的な高瀬集落。近々、何かお祭りでもあるのか、路上に石灰で何か書かれていました。[下]


photo-20151024-74 photo-20151024-110
広くなった道が印象的な高瀬集落

photo-20151024-75
脇沢の地蔵様

街道は脇沢集落の先で現国道に合流。そこの右側の斜面に有るのが脇沢の地蔵様。[左]

脇沢から、またしばらくは国道294号を走ります。街道に拘らない人は、現国道を快走するのも愉快だろうと思える道です。[下]


photo-20151024-76 photo-20151024-111
次の寄居集落まで、また国道を移動

photo-20151024-77 photo-20151024-112
寄居集落

photo-20151024-78
泉田の一里塚

寄居の旧道に入りました。此処は正式な宿場では無かったそうですが、そうだったと言われても疑問を持たないくらいに広がりを持っていますね。[上]

寄居の旧道から、再び現国道に戻り少し進むと、道の左側に駐車場と小山が見えてきます。これが泉田の一里塚。那須町内に3箇所ある一里塚のうち、最も北にあるのがこれ。[左]


photo-20151024-79
泉田の一里塚から白河までは12km

泉田の一里塚から白河までは12km。時刻は14時半を回った所。これなら白河に入ってから、見て廻る時間が有りそうです。


photo-20151024-80
初花清水

浄瑠璃「箱根霊験躄仇討」にもなった、敵討ちの話に出てくる湧き水「初花清水」。以前は塩ビパイプを田圃脇のU字溝まで伸ばして、湧き水を引いていたようですが、近年、山側に残っていた元々の石を田圃脇に移設したようです。


photo-20151024-82
山中集落

県境前の最後の集落、山中集落。気が付かなかったのですが、明治天皇御小休所碑が、集落内に残されているそうです。


photo-20151024-83
急に狭くなってきた国道294号

今まで広々としていた国道294号が急に狭くなってきました。


photo-20151024-84
県境

ややきつい坂を登り切ると、そこが県境でした。栃木県から福島県、いや上野国と陸奥国の国境は、大分前に伊王野から東山道の道筋の追分明神で到達した事がありますが、それ以来の2回目。ここだけ道幅が狭いせいか、車がひっきりなしに行き交う感じ。写真は車が途切れた僅かな時間に撮りました。


photo-20151024-113
奥羽側にある住吉神社

国境を越えた奥羽側にある住吉神社。


photo-20151024-85
白坂宿に向かってダウンヒル

境の明神から陸奥国最初の宿、白坂宿に向かってダウンヒル。


photo-20151024-86
皮籠集落

白坂宿を通り抜けて、また3つほど丘を上り下りすると皮籠集落に入ります。だんだんと影が長くなってきたけど、今日の終点、白河宿まではもう幾らも無い距離。


photo-20151024-87 photo-20151024-114
正面が稲荷山

photo-20151024-88
稲荷山裏手の下り坂

一里塚を連想してしまう地名の一里段集落を通り、また丘を1つ越えて、白棚鉄道跡の国道289号を横断。正面に大きな松の木が見えてきました。街道歩きのガイドブックやレポートに良く出てくる稲荷山。もう本当に白河宿の入り口なんだぁと実感。[上]

その稲荷山の裏手に回ると下り坂。白河って、川2つ(谷津田川と阿武隈川)に挟まれて、周囲より1段低い土地なんですね。徒歩や自転車の旅だと、地理的な状況も身を以て知る事が出来ます。登りは草臥れるし、下りは楽チンだし。[左]


photo-20151024-89
松が印象的な交差点

呉服店の店先の松が印象に残った、金屋町へ入る路地との交差点。


photo-20151024-90
今井醤油店

セブンイレブンのある交差点で右折し、国道294号を辿ります。旧街道の道筋そのままに国道に指定されているんですね。右手に今井醤油店。今でも造っているのだろうか?


photo-20151024-91
Betamaxとは懐かしい

街道時代まで遡らずとも十分に懐かしい、SONY Betamaxの看板が残る電気屋さん。既に電気屋さん跡だろうか?


photo-20151024-92 photo-20151024-115
「勧工場」建物跡


photo-20151024-93
勧工場向かいにも古そうな建物

街道を天神町、中町、本町と進みます。明治時代の百貨店「勧工場」建物跡。跡、と言っても建物自体は明治末期に建てられたそのものだそうで。左右で別の建物に見えますが実は一つ。横から見ると看板建築のように、道に面した所だけ2階があるようで、その後ろは平屋でした。[上]

勧工場のほぼ向かいに並び立つ、これも古そうな建物群。左の建物は土壁が露出して崩壊しつつありました。[左]


photo-20151024-94
修復工事中だった小峰城跡

街道を本町から田町まで進んだ後、小峰城跡に立ち寄り、白河駅をグルッと回るようにして鷹匠町へ戻って金屋町を見物して、本日の取材は終了。今日中に白河宿を見学して回る事が出来たので、明日は直ぐに白河宿を出て次へ向かう事にします。福島まで、何はともあれ事故無く走り切れますように・・・。

白河小峰城・・・白河観光ガイド

レポートは2日目「奥州街道白河-郡山-福島 Vol.1」に続きます。


profile-20151024-0
ルートプロファイル

ルートプロファイルです。走行距離は約92kmでした。宇都宮を出発すると、直後から緩やかに登り続けている事が分かります。ピークはもちろん栃木・福島県境。

GPSログはこちら「log20151024_0.gpx」。カシミール3DGoogle Earthをご利用下さい。



All Photographs by Ryo Masuda 2015.
Took a photograph with FINEPIX F1000EXR by FUJIFILM.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA


この記事は[2025.01.03]に加筆修正しました。

この記事のURLをQRコードで表示



Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp