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風まかせ旅紀行
奥州街道宇都宮-境の明神-白河 Vol.1
2015年10月24日(土)
2週間前に福島から仙台の間を日帰りで走り、福島から一ノ関までのGPSログが繋がりました。天気予報を確認すると、久しぶりに土日の両日共に天気は良さそうです。となると、心境的には一ノ関から北へ進みたいところですが、土日の二日間だけで一ノ関から先を走ろうとすれば、電車移動に割く時間の割合が大きくなってしまいます。一ノ関から先は来年にして、その手前の宇都宮〜福島間を先に走ることに決めて、あれこれ準備。
地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)。
まず輪行で宇都宮駅へ向かいます。普通電車に揺られて約1.5時間、宇都宮駅に到着です。宇都宮駅に来るのは2006年以来だろうか?西口で2代目5号車を組み立てて出発です!
出発して直ぐ、目に入ってくるのが旧篠原家住宅。表の通りが奥州街道である事を無言で示す旧家です。
旧篠原家住宅の前の通りを道なりに北上します。国道4号の旧道に当たるのかな?現在は県道125号線となっています。通りのあちこちに大谷石が使われた民家が見受けられます。産地ならでは、かな?まだ車の通りが多いので歩道をノンビリと進みます。
高架になった国道119号の下を通って少し行くと、4車線だった2車線になります。[左]
更に進んで、その名もズバリ海道町付近。歩道も無くなり車道に放り出されますが、車の通りも少なくなったので走りやすくなりました。街道沿いなのに海道とは?と思ったのですが、同じ音の字を当てる、特に街に対して海を当てる例は多いようですね。[下]
少しだけ高くなった稚児坂を上り下りした先に設置されていた「白澤宿内」の案内板。ああ、この道で合ってるんだ、と一安心。とても助かる案内です。
カーブしつつ鬼怒川に向かって河岸段丘を降りていく街道。
薬研坂と名付けられた坂道を降りていきます。
宿場の入り口にある大榎。その傍には江戸の昔の公衆便所跡。公衆便所を作るなんて随分サービス良いなーと思っちゃいますが、タダで肥やしが入手出来るとなれば安いものか?
白澤宿・・・栃木県観光物産協会公式サイト | とちぎ旅ネット
通りの掲示板に貼ってあった「奥州街道白沢宿まち歩きマップ」。
こちらは手書きの「白沢宿ウォーキングマップ(七福神めぐり)」。今になって「明治天皇御休憩所ノ碑」がある事に気が付きました。ああ素通りしてしまった。[左]
宿場の中心を通る県道239号線。道路脇に水路が残っています。夜に、知らずに通り掛かると落っこちちゃいそう。[下]
宿の北側でぐいっと曲がり西鬼怒川、その先の鬼怒川に向かって進みます。右手に大谷石で作られた倉庫らしき建物。
西鬼怒川を渡ります。橋の袂には「鬼怒川の渡し 100m」の小さな案内板。西鬼怒川は元和6年(1620年)に開削された人工水路で、そもそもは宇都宮城の堀の水を確保するのが主目的で、開田にも流用され現在に至るらしい。
西鬼怒川から少し進んで白沢河原に建つ一里塚跡の石碑。古いものでは無く平成の時代になってから建てられたもの。
そのまま道なりに進むと、鬼怒川右岸堤防に突き当たります。堤防の上の管理道路を上流方向へ進みます。
かつては渡し船で越えていた鬼怒川を、阿久津大橋を渡ります。車だとなんとも思わないんですが、自転車の視点だと欄干が低くて落ちそうに思えて恐いのです。路肩も狭いしねぇ。
一面の白い砂利が眩しい鬼怒川。普段身近な荒川はクリーク的な低湿地帯の景色なので、砂利の河川敷というのが新鮮なのです。荒川も熊谷まで遡ると砂利が出て来ますね。そしてその辺りが勾配の変曲点。つまりこの辺の鬼怒川はまだ勾配が大きいって事かな?
阿久津大橋を渡って直ぐに左の細道に入ります。直ぐにこの道案内が目に入ります。
旧街道沿いに建つ船玉神社。この辺りに河岸が有り船運が盛んだったことの名残だとか。
旧国道4号に出て、ベイシアさくら氏家店の脇を抜けて、国道4号を横断するのに手間取りつつ(信号のある交差点へ大回り)、東北本線を横断します。踏切の名前は「旧奥州街道踏切」。
県道181号線に入り東北本線氏家駅近くを通過中。白沢宿の次の宿場、氏家宿に入りました。[上]
氏家駅東入口交差点にある和菓子屋さん石田屋の隣に、トイレと駐車場、それにバイクラックまで用意された、ちょっとした公共スペースが出来ていたので、ありがたく使わせて貰って小休止。[左]
上町交差点を右折して、旧国道293号に入り次の喜連川宿を目指します。この通りは、随分前に通った事が有ります。その時は喜連川から氏家へ向かう、逆のルートでした。
国道293号、松山交差点の手前。向こうにこれから越えねばならぬ山塊(大袈裟)が見えてきました。ほぼ正面に弥五郎坂が待ち受けているはず。
丘を前にして右へ逸れていく国道293号から別れて、そのまま真っ直ぐ進みます。逸れていく国道も人車鉄道の廃線跡を基礎にしていたりと、この丘を越える道は色々と歴史が在ります。
ゴルフ場「セブンハンドレッドクラブ」の入り口を過ぎて、ピークを少し過ぎた辺り、右に別れる林道状の道に向かって奥州街道の案内板が建っています。坂の下の羽黒集落までは距離も短いし、押して歩くことになっても、それほど時間を取られることは無かろうと入ってみました。
未舗装ではなく、コンクリート舗装してあるのでぬかるみに足を取られるようなことは有りません。ただ、コンクリートの上に育った苔と倒木で、乗車して進むのは危険と判断。押して歩きます。歩くのもまた一興です。
弥五郎坂を降りると羽黒集落。この先は荒町集落を通り荒川を渡れば喜連川宿。
荒川に掛かる連城橋を渡ると喜連川宿。一際目を引くこの建物は、大正2年に喜連川興業銀行の本店として建てられた物だそうです。近年はJAとして使われ、その後「和い話い広場」として利用されています。
この日はお祭りがあるようで、その準備で町中が賑やかでした。ゆっくり見物していきたいけど、今日はまだ先が有ります。[上]
喜連川宿の北端に置かれた道標、右奥州海道、左在郷道。やっぱり街は海の字を当てるんですね。[左]
内川を渡り、また一つ丘を越えて県道25号線、南和田から曽根田辺り。
県道15号線の下河戸交差点を右へ折れて県道114号線に入ります。曲がって直ぐに大きな双体道祖神が有りました。右後ろの石柱には「天皇御小休之際御膳水」と刻まれています。
道なりに県道114号線を進んで、印田から若林あたり。[上]
道なりに丘を3つ越えて県道48号線との交差点「佐久山前坂」を直進して、佐久山宿に入ります。この先、県道48号線に合流します。[左]
佐久山宿の西端、大きく右にカーブしつつ、箒川へ向かって降りていく奥州街道。この辺りが佐久山宿の白河側の出入り口らしい。
佐久山宿を出て箒川を渡ります。この箒川、12kmほど下流で那珂川に合流します。
道なりに県道48号線を大田原の中心部に向かって進みます。途中、小さな流れを越えるのですが、水がとても綺麗でした。湧き水かな?
吉沢から、間の宿の親園、浅香と辿ります。[左]
神明前交差点で国道461号に合流し、交差点を右へ。大田原宿に入りました。宇都宮を出て、暫くぶりの大きな街ですね。[下]
蛇尾橋を渡って大田原宿を後にします。蛇尾川の向こうに続く東野鉄道跡の道路を暫し眺め、富士電機の工場を左手に見て県道72号線を進みます。セブンイレブンが見えたので小休止しよう〜、と、駐車場の片隅に中田原二本松の一里塚が有りました。
下深田、上深田と県道72号線を進みます。街道というとどうもグネグネと曲がる道を思い浮かべるのですが、この辺りは真っ直ぐです。昔から平らな土地だったということでしょうか?
滝辺りを通過中、道の向こう側の古びた建物が目に留まりました。今は塀で囲まれていますが、建物正面には両開きの扉。何かの店舗跡か何かだろうか?
鬼瓦に目を遣ると一目瞭然、〒マークが入っているので昔の郵便局でしょう。ちなみに隣は現役の市野沢郵便局。ちなみにこの〒マークの入った鬼瓦、全国あちこちにあるようです。
レポートはVol.2に続きます。
All Photographs by Ryo Masuda 2015.
Took a photograph with FINEPIX F1000EXR by FUJIFILM.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA
この記事は[2025.01.03]に加筆修正しました。
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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp