風まかせ旅紀行
新潟県 魚野川・信濃川沿いポタ Vol.2
県道23号線にはトンネルではなくスノーシェッド(中山雪覆道)が有ります。
地理院地図によるルート表示はこちら(別Windowで表示します)。
和南津橋を渡ってきた国道17号を横断して野田の集落。田圃の中に突き出している妙な土手は、おそらく上越線の旧線跡。
魚野川の対岸には、その上越線の旧線跡の橋台と土盛が残っています。単線時代は魚野川の水面に近い所を走っていたんだなぁ。
越後製菓川口工場の隣を進む、この細道が旧線跡(はなず)。関越自動車道の向こうが「道の駅あぐりの里」。
細道を進んで「道の駅あぐりの里」に到着。つまりこの道の駅は旧線跡に建っているという事に。交差点のはす向かいにはローソン川口中山店が有ります。
国道17号のすぐ傍に用水路を越える橋台が残っています。
バラストも残っていますね。その向こうは埋められている様子。辺りを見回しても、ここに上越線が走っていたとは想像が難しいですね。
越後川口駅前の信濃川右岸堤防上を移動します。ここを走るのは初で、何処まで進めるか分かりませんが、行き止まりになったらUターンすれば良し。右は国道17号。
堤防上を進めなくなったので、隣の国道17号に移って小千谷へ進みます。
木津交差点で国道17号から国道351号へ入り、小千谷市街に向かって降りて行きます。
当webではお馴染みの旭橋を渡って信濃川左岸へ。
最近、信濃川沿いのバイパスが完成して市道になった旧国道351号を北へ。
道なりに進んで三仏生地区の県道211号線に入ります。ここも、おそらく旧国道351号。
三仏生郵便局を通り過ぎ、小さなENEOSの給油所のほんの少し先で、小さな路地を右折します。[左]
路地を右折すると、信濃川の左岸に出られるのです。ここから暫くは信濃川左岸堤防上の舗装路を進みます。[下]
釜ヶ島集落辺り。あ、田圃に水が入り始めてますね。
信越本線の信濃川橋梁の隣、県道23号線の越路橋跡まで来ました。今の越路橋は右の方に映っていますが、両側に歩道スペースのある広い橋。先代の越路橋は鉄道用を流用した狭い橋でした。流用というか、この道自体が線路跡なんですね。
関越自動車道の東側の側道を、水の張られた田圃を眺めながら北上します。[上]
中沢橋で渋海川を渡り、才津南町から才津西町へ。この辺りは昔住んでいた事が有る懐かしい場所。そして、当時は廃止1年経過後だった越後交通の廃線跡。
踏切跡に立つ廃止を知らせる、だいぶ朽ちてきた案内板。「平成七年四月一日」のちょうど1年後、筆者はこの地の初めて来たのでした。
さて、長岡市街に到達した時点でまだ午後2時前。時間はまだまだ有るので、このまま信濃川沿いに日本海まで行く事にします。関越自動車道・長岡インターチェンジの東側、新産から石動町を通り抜けて県道166号線を進みます。[左]
三島新保辺りで、国道403号の東側を併走する農道を進みます。[下]
農道から国道403号に合流して与板に来ました。ここは雁木というよりアーケード街なのですが、それでも趣が有ってお気に入りの街並みの一つです。2017-18年シーズンの大雪で一部が倒壊してしまったそうですが。[上]
国道403号の与板橋を右手に見ながら信濃川を下流へ。[左]
信濃川左岸堤防上の舗装路や、三国街道を進みます。この辺りは幾度となく走っているルート。[下]
道沿いに残る越後交通・長岡線跡。ここは先ほど通り掛かった平成7年に廃止された区間より、ずいぶん前に廃止された区間。[上]
JR越後線の寺泊駅に来ました。[左]
レポートはVol.3に続きます。
All Photographs by Ryo Masuda 2017.
Took a photograph with FINEPIX F1000EXR by FUJIFILM.
Special Thanks 'ViX Ver.2.11.148.0'.1998-2002 K_OKADA
この記事は[2023.10.28]に加筆修正しました。
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Ryo Masuda / myDNS.jp / ryo-kun@fc4.so-net.ne.jp